隻眼の王
こんばんは(*'ω'*)ノシ
今日も相変わらず想像力トレーニングをしております。
今はこう言われて読者は何を思うのかという事に対して想像を膨らませたりしています。
そもそも想像力トレーニングと銘打っていても単純に作業をサボってるだけだろと、想像をいくらしても成果物は出来ないだろうがと、合理的な人達ならばそう思うかもしれません。
しかしこれは結構今の時代ではそんな単純な話ではなかったりすると言う話をしたいわけです。
そもそも何故にそんな非合理的なことに全力を注ぐ必要があるのかっていう事なんですが。
それは一重にAIの台頭があります。
僕の強みは今までアニメ制作を一人で全工程をこなせると言うことでした。
集団行動には向かないけれどその強みだけが僕のアイデンティティだったと言うべきなのかもしれません。
Blenderの登場で一気に3Dの実力者が爆増して僕の存在価値は大きく揺らぎ、そして今はAIによって驚くべき映像が一瞬で作れるようになりつつあります。
とくに音楽に関しては驚くべき性能を発揮していて、鬼滅の刃の音楽をケニアの音楽風にアレンジした音楽を聴いたのですが、非常に魂を揺さぶられるような衝撃を受けたんですよね。
一言で言ってとてつもないクオリティでした。
僕が10数年積み重ねた音楽の知識を軽く凌駕していったのは言うまでも無いです。
映像に関しても今は違和感があるので、最先端での活躍には届いていないようにも思えますが、それも時間の問題で、10年も経たないうちにAIの学習は人間を超えると思っています。
そして小説界隈でもAIは浸透していて、AI小説家なるAIに小説を書かせる人間までいる始末です。
今後人々は多くの事をAIに委託して生活することでしょう。
僕の努力も呆気なく水疱に消えるのが目に見えています。
合理的な人間ならば学習をAIの扱いにシフトするのが一番であるように思うのではないでしょうか。
しかしながら、僕はそんな時代だからこそ、自分としっかり向き合う必要があると感じています。
自分の挑戦に意味がなくなる日が来るならば、自分のやりたいことをハッキリさせるべきであると、そう思うわけです。
AIより上手く作れないならば全てを諦めるのか?
そんなわけないですよね?
最後まで醜く足掻くべきなんですよ。
じゃあどうするか、と言う話で、その答えが想像力の拡張なわけです。
昔読んだ本に「人間に出来てロボットに出来ないことがある。それは発想だよ。」という言葉がありました。
正直将来的には怪しい言葉ではありますが、ある意味でその言葉は僕の指針となりました。
AIに全ての作業を委託することは間違いではないと思っています、アナログからデジタルへ移行したように人は常に効率を重視して生きてきました。
年老いて時代について行けない人間が足掻いたところで時代の変化は止まらないものです。
しかし、その変化には当然落とし穴があり、AIの台頭に関しては致命的な大きさの穴が潜んでいます。
それが僕も陥っていた想像力の欠如であります。
AIが覇権を握った時代に想像力を働かせる余地などないと言っても過言ではないでしょう。
言うまでもなく思考を止め全てAIに任せることが合理的だからです。
なので、僕はこの時代に逆行して敢えて最もアナログな部分、いや、アナログでもない人間の可能性と言うスピリチュアルな部分に焦点を当てたわけです。
もしかするとAIは発想が出来るようになる日がくるかもしれません。
問題は、その時に人間が発想の力を持っていられるかということです。
未来では発想を持たないことが合理的であるならば、想像力トレーニングを続けた僕が隻眼の王になる可能性があるって言うことです。
世界中がAIの作ったハイクオリティのテレビゲームにハマっているような時代に僕だけが運命のサイコロを握っている。
そういう情景を今想像しています。
まぁ、最後に誰が笑うかと言う話ではありませんが、面白い方へすすみたいって言うのが僕の答えであります。
皆様も楽しく想像してみると今の時代世界の見え方が変わるかもしれないしご一緒にどうですか?
とまぁこんな感じ。
それでは皆様よい夜を(*'ω'*)ノシ
by shion3407
| 2026-02-13 01:19
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